旅とバカラと酒と本

自分のおももくままに書き綴るブログです

2024年バカラ旅始め⑤ムカフーン

(よかったらこの話は「2024年バカラ旅始め①」から読んで下さい)

 

さて、まずはポイペトに着くと日本料理屋「NOBU」にて恒例の、必勝を祈願してカツ丼&シンハービールで昼飲みである(笑)

いつもポイペトに着くと、ここでカツ丼とビールで酔っ払う事からスタートする。

こんなポイペトの様な街に日本料理屋がある事自体が驚きだが、ここのカツ丼は結構美味い。そしてネギと豆腐の味噌汁も完璧である。

経営は変わってなければタイ人で、なんでも中東の日本料理屋で日本人から料理を教わったと聞いた事がある。

NOBUのカツ丼とシンハービール 最高です(笑)

カツ丼は200バーツ(1バーツ4.16円)なので安くはない。

安くはないが、まあ無事入国出来た事、緊張をほぐす事、カツ(勝つ)丼と言う事で縁起を担いでいつもこれを頼む事にしている。

今回も勝利出来ればいいのだが。

 

 

酔っ払って部屋に戻り、少し横になってからカジノ場に向かう事にした。

チップは15000バーツ分。

前回で説明した様に、このチップは使いきらないといけない。

使い切った時、チャラで充分である。

何故ならチャラに出来れば宿泊代がタダになり、その上食事も2食付くのだから。

 

勝負はまずまず順調に、というか一進一退のチャラペースで進んでいった。

そしていよいよ終盤、もうちょっとでチャラ、というところで急に崩れた。

突然当たらなくなり、あれよあれよと立て直せない間に4215バーツマイナスで終了。

(ここのカジノはバンカーで勝つと5%チップを取られる為この様な端数が生じる)

 

やっちまった・・・

 

4215バーツという事は17534円のマイナス。

これで1泊2食付きが17534円、という事になる。

まずまず痛い・・・

 

気分を入れ替えて休憩でもして次に向かえば良かったが、むしゃくしゃしたまま近くのカジノホテルに向かい、そのまま勝負した。

 

どうも調子に乗らない。

ここのカジノは現ナマで勝負出来る。

現金を握りしめ、鉄火場さながらに勝負をする。

 

外れる、当たる、外れる、外れる、当たる。

こんな感じでジワジワと手持ちの金が減っていく。

 

勝負は1000バーツを基本としていたが段々と荒れてくるのが分かる。

自分でも訳分からず突然3000バーツを勝負して外して、カッとなった後また3000バーツを賭けて何とか取り返してみたり。

こんな事を何度も繰り返した。

そしてジワジワと負けていく。

こんな時は止めなければならない・・・でも止まらない。

 

20000バーツの現金を握りしめて勝負に向かっていたのだが、気が付くと8000バーツまで減っていた。

この時点で、先ほどの負けと合わせて7万円近くのマイナスである。

 

で、やってしまった・・・

 

ここで何を思ったか、突然その8000バーツをそのままプレイヤーに全部賭けてしまった・・・

 

こういう勝負は外れる。

分かっているのだ。

自分でも外れるだろうな、と思って賭けた。

でももういいや、と思った。

全てが面倒くさくなってしまったのだ。

これを外してバンコクに戻ろう。そしてビーチでも行こう。

そう考えると急に楽しい気分になった。

そうだ、そうしよう。ビーチでも行ってのんびりしよう。

 

そう思ってカードをめくった。

絵柄と絵柄で数字はゼロ。

最悪である。

でも気にしなっかった。

やっぱりな~、と思ってむしろ楽しい気分でさえあった。

こんな勝負で勝てるわけないよな~、と思って3枚めをめくると7が出て、3枚目を引いたバンカーの合計数の5に勝ってしまったのだ。

 

あれれ・・・

 

こういう事もあるんだ・・・と自分でもびっくりした。

今までこういう勝負はことごとく負けてきた。

こういう展開での大勝負はやってはいけない、とかつて誓ったのに全く成長してない。

でも勝ってしまった。

 

これはもしかして片山まさゆき氏の言うところのムカフーン状態だったのか?知らんけど。

(ムカフーン状態とは負けまくった挙句、ムカつくけどフーン、そうなんだ的な、ある種の無我の境地に達する事である)

 

そこで何とか盛り返したのだが結局7000バーツ、先ほどの負けと合わせて11215バーツ(46654円)の負けで初日を終える事になった。

 

もうホント嫌。

なんでいつもいつも初日から負けるケースがほとんどなんだろ・・・

 

次回へ続きます。

2024年バカラ旅始め④ポイペトへ

(よかったらこの話は「2024年バカラ旅始め①」から読んで下さい)

 

ロンクルア市場で思わぬトラブルに巻き込まれ、さっさとカンボジアに抜けようと国境に向けて歩いていたが、歩いているうちに段々と冷静になっていき、せっかく来たのだから何か買おうと思い直しスニーカーを買う事にした。

 

恐る恐る先ほどの場所に戻ってみると、もう彼らはいないようでホっと胸をなで下ろし、ある一軒の店に入りお土産用にスニーカーを買った。金額は交渉の末240バーツ(約1000円)。

ここの商品は安いと言われるバンコクのMBK(マーブンクロン ショッピングセンター)やウィークエンドマーケットで買うより格段に安い。

 

買い物を済ませてカンボジアに入国する事にしたが、去年の7月に来た時に1年間有効のマルチプルビザを取得していたので今回は楽である。

カンボジア入国にはビザが必要で、1回こっきりだと30ドル。僕の様に何回も使えるマルチプルビザだと1年で40ドルである。

ここのビザ発行所はたちが悪い。何とかビザ代を多くせしめようとするのだ。

定価以上の金額を書いた手書きのボードを見せて必要以上に払わせようとする。国の公の機関が、である。

 

今回はタイを出国した後、カンボジアの入国処理だけなのであっという間にカンボジアに入国する事が出来た。

タイとカンボジアの国境を歩いて越える 人がたくさんいる辺りからカンボジア

カンボジアに入ると結構雰囲気が変わる。

わずか数十メートルしか離れてないのに中進国から発展途上国へ来た、と実感できる。

カンボジアに入ってすぐの辺り

カンボジアカジノ街

このゲートの向こうはタイ

今回も前回7月に泊まったカジノホテルに宿泊しようとしたが満室だと断られてしまった。

僕の宿泊方法はカジノのチップを買って部屋を無料にしてもらうやり方だ。

今回は15000バーツ(約62400円)のチップを買うと宿泊が無料になるカジノホテルを見つけ、そこに泊まる事にした。ただし、金曜日と土曜日は25000バーツ(104000円)に跳ね上がる。

無料になった部屋。綺麗でWi-Fiも冷蔵庫もあってとても良かった。

15000バーツ分の換金出来ないチップ


このチップをプロモーションチップ、またはノンネゴシエーションチップなどと言うが、このチップはお金に換える事は出来ない。

このチップを賭けて当たるとキャッシュチップという換金出来るチップをもらえる。

そして賭けたプロモーションチップ、またはノンネゴシエーションチップはそのまま手元の戻され、外れるまで使い続けなければならない。

つまりこのチップを15000バーツ分使い切った時、15000バーツ分のキャッシュチップが手元に残ればチャラとなり、宿泊代がまるまるタダになった事になる。

それだけではない。2食分の食事クーポンも付くのでビールでも飲まなければ全くお金を使わず過ごす事が出来る。

僕の目論見では退職後、このシステムを利用してカンボジアにも長期滞在しようと企んでいる。

「いやいや、そんな虫のいい話はないよ」と思われるかもしれないが意外とそうではない。

バカラの還元率は98~99%である。

仮にその確率に収束したとしても1日に掛かるお金は1000円程度で宿泊代と食事が収まる事になり、1ケ月でも3万円程度である。

まあ、そう上手くいくかはやってみないと勿論分からないが、案外いけるのではないかと今から楽しみにしているのである(笑)

2024年バカラ旅始め③アランヤプラテートでトラブル

今日の目的地はカンボジアのポイペトである。

ポイペトはタイと国境を接し、カジノが林立するカジノ街である。

ここに僕はバカラをやりに行くのだ。

ここへ行くにはまず、タイ側の国境の街のアランヤプラテートまで行く。

ここから国境を陸路で越えてポイペトまで行く事になる。

アランヤプラテートまでは以前はカジノバスと呼ばれる大型バスがルンピニー公園から出ていたが、現在は出ていない様だ。

昨年の夏、待てど暮らせどバスが来ず、無駄な時間を過ごしてしまった事があるので今回はサクっとエカマイ(東バスターミナル)からミニバスで行く事にした。

アランヤプラテート行きの30番バス乗り場。表示はRONGKLVEA(ロンクルア)となっている

アランヤプラテート行きのミニバス。運転手含め11人乗りだった。

乗り場は30番乗り場で料金は240バーツ(約1000円)。およそ4時間かかる。

何度も通った道なので道中に見るべきものもなく、ひたすら暇である。無理やり目をつぶって寝たふりをしてみるがなかなか寝れなかった。

 

そうしてようやく着いたアランヤプラテートなのだが、ここにはロンクルア市場というコピー商品だらけの激安市場がある。

ここをぶらつくと面白いのでブラブラしていたら、バイクに乗った女から声を掛けられた。

 

「どこへ行くのか」

 

どうせ何か物を売りつけようとしているか、その他のいかがわしいお誘いであろうと無視しているといつまでも付いて来る。

咄嗟に角を曲がっても付いて来るし、いきなりUターンしても同じ様にその女もUターンして戻って来る。

バイクが通れない小道に入っても遠回りしてまた近づいてくるし、それを異常なほど何度も何度も繰り返すのだ。

 

いい加減気味が悪くなってきたのと、しつこ過ぎて頭に来たのとで、ある角で待ち伏せして

 

「一体どういうつもりだ!」

 

と、強めの口調で詰問した。

すると女は急にその場でどこかへ電話を掛けだしたのだ。

 

「意味わからん・・・」

 

と僕はその場を離れて近くの靴屋に入った。

 

その店で靴を物色していると突然トントンと肩を叩かれ、振り向くとさっきの女と男が2人立っているではないか。

 

んんん・・・? 一体どういう事なのか?

 

僕はいぶかしげな顔をしていたと思う。

すると男が

 

「警察だ。パスポートを見せろ」

 

と言って警察手帳らしき物を見せるではないか。

 

僕の頭は混乱した。あっという間に目まぐるしく様々な思いが頭の中を駆け巡り

 

「これは一体どういう事だ?」

「この男は本当の警官なのか?」

「俺は何も悪い事はしていない」

「パスポートを見せるべきなのか」

「これはパスポート詐欺ではないのか」(海外で日本人のパスポートは高値で取引される)

「パスポートを渡して持って行かれたらどうしようもないぞ」

「いや、見せるべきではない」

 

そうしてパスポートは見せず

「何が問題なのだ?」

「一体どういう事だ」

と抗議していると彼は何度も「パスポートを見せろ」と迫って来る。

 

「おまえは中国人か、それとも韓国人か?」

 

と言うではないか。

どうやら僕を中国人か韓国人と疑っているらしい。

 

「いや、違う。俺は日本人だ!」

 

「本当か?だったらパスポートを見せろ」

 

それでも尚、見せないでいると「おまえは本当に日本人なのか?」「だったら見せてみろ」と何度も言われ、挙句警察署まで連れて行くと言う。

 

 

事ここに及んでは仕方なく、僕はパスポートを見せる事にした。

ただしギュっと握って絶対に持って行かれない様にだ。

 

赤い、菊の紋章が入った日本のパスポートを見せると

「あれっ」という感じで少しトーンダウンしたのが分かった。

 

「入国スタンプを見せてみろ」

 

僕は急いで入国スタンプを探したが、もう何十個も押されているスタンプの中から昨日押されたスタンプを探すのは容易ではない。順番もめちゃくちゃに押されているので焦ってなかなか見つからなかった。

そしてようやく見つけて、昨日の日付のそれを見せると僕は一気にまくし立てた。

 

「これが昨日押された入国スタンプだ。タイには昨日入国したばかりだ。一体何が問題なのだ。俺はこれからすぐにカンボジアに行く。ビザだってある!」

 

そしてカンボジアのビザ(1年有効の何度でも入国出来るビザ)を見せて

「もういいだろう、俺は行く!」

そう言ってスタスタ歩いてその場を離れようとすると、まだ「一緒に警察署まで来てくれ」とか言っていたがその声を無視してどんどん歩いて行くとそれ以上は追って来なかった。

どうやら疑いは晴れたらしかったが心臓はドキドキしたままだった。

一体、中国人や韓国人がどの様な犯罪を犯しているのかは不明だが、海外で警官に疑われ、パスポートを取り上げられるかもしれないという恐怖はなかなかのものだった。

タイでは日本人は真面目で信用出来る、というのが一般的な印象なので僕が本当に日本人だった事も幸いしたと思う。

 

それにしても中国人や韓国人は海外でも犯罪を犯して日本人に迷惑かけんな!と言いたい(# ゚Д゚)

2024年バカラ旅始め②タイ料理

結局現地時間午後7時過ぎ、日本時間だと家を出発してから約16時間後の午後9時過ぎにようやくホテルのチェックインを済ませる事が出来た。

 

ホテルは「Lodge 61 Hotel」という安宿である。

受付が薄暗い、あまりぱっとしない宿だった。

探した時の条件は

①バス・トイレ付

②出来ればエアコン付

③エカマイ(東バスターミナル)に近くて安い

 

以上であるが、最近のバンコクの宿は高い。この宿でもAgodaで2590円だった。

コロナ前だったら2000円もしないレベルだったろうと思う。

が、まあ僕はホテルに関しては特別うるさくもないので全くもって問題はない。

以前泊まった最安値の宿はインドのバラナシの105円の宿が最低である(笑)

 

昔は宿の予約などせず、いつも飛び込みで宿探ししていたが、ホテルを探してウロウロするのも面倒だし、疲れるので最近はもっぱらAgodaで予約する事が多い。それに何より安くなるケースがほとんどである。

現在サラリーマンの僕は時間も有効に使う必要もあるし。

 

明日は早朝6時のバスに乗ってカンボジアに向かうつもりなので、早めに夕食を済ませて寝てしまいたい。なにより疲れた。

エカマイは何度も来た事があったが、その全てが東バスターミナルからバスに乗る為であり、周辺をぶらついた事は一度もない。

従ってこの辺の状況に疎く、よい食事場所も知らない。

 

今回の旅は僕のテーマの中のひとつに「タイ飯を食う」というのがあった。

タイ飯とはもちろん魚のタイ飯ではない(笑)タイ料理の事である。

(30年近く前、友人のNがバンコクに赴任していた事があり、僕も彼の家に何度も遊びに行った事があるのだが彼はいつもタイ料理の事を「タイ飯」と言っていた。それにつられて僕もいつしかタイ料理をタイ飯と呼ぶ癖がついた)

 

実はここ何年も僕はタイに行っても日本食ばかり食っていた。

これは以前このブログにも書いていたが「海外で食う日本食こそ至高」という妙ちくりんな考えに起因している。(詳しくは以前のブログを読んで下さい)

 

そんな僕が何故今更タイ料理を食おうと思ったのか?

それは主には今後の生活を見据えて、である。

 

「はっ?」となられた方も多かろう。

 

どういう事かと言えば僕はあと5年で仕事を引退する予定でいる。

そして冬はタイを中心とした暖かい国に滞在するつもりだ。

ところが今現在、タイに滞在すると円安と物価高で以前の様なお金を気にしなくいい滞在は難しくなってきている。

僕の年金なんてたかが知れているので、長期の滞在を可能にするには主として宿代と食事代を節約しなければならないという事になる。

その際には現地民が食うタイ飯を食って滞在費を安く上げよう、という作戦なのだ。

幸いにして僕はタイ飯が嫌いではないし、むしろ外国料理の中では食える料理が結構多くある。

これらの料理を今後に向かってあらためて食べ直してみよう、というのが今回の主旨である。

 

ホテルへ向かう道すがら、ざっと見渡してみたがそれらしきお店もなく、探す時間ももったいないのでいっその事プロンポン駅近くの「イムちゃん食堂」へ行く事にした。

ここは随分前にも行った事があるが場所すがら結構高い。その代わりメニューが豊富で大体のタイ料理を食う事が出来る。その上、駅からすぐである。

プロンポンにあるイムちゃん食堂 邦人に大人気

店内風景 野外テーブル席がお勧め

色々迷った末に以下の料理を注文した。

カオマンガイ(鶏ガラスープで炊いたご飯に茹でた鶏肉を乗せたもの)にガイトート(フライドチキン)を追加でのせた。

②ソムタム(まだ青いパパイヤを千切りにしたサラダ、辛い!)

③トムカーガイ(見た目クリームシチューだが全く異なり、酸味の効いたスープ)

みんな大好き?カオマンガイ

ビールのつまみにソムタム 普通はもち米と食う

クリームシチューをイメージして食うと衝撃を食らうトムカーガイ

なんでこの3品を注文したかは未だ持って不明。

でも迷いに迷って「やっぱしまった!」って事は人生にもよくある事でしょう?(笑)

これらにシンハービール はあ、酔っ払った

結局ビアシン(シンハービール)を2本飲んで気持ち良く酔っ払ってホテルに帰りました。

料金はビールも入れておよそ2000円。

昔はこれらの料理が屋台で食えば1品100円位だったので場所が場所とは言え、結構なお値段となっておりますです、はい。

2024年バカラ旅始め①バンコクへ

日本の冬にタイに行くのは4年振りである。

 

日本が極寒の時期に乾季で暑い国に行くのは実に良いものである。

良いったら良い。あ~あ、よいよい(*^▽^*)。

(この浮かれっぷりからもその良さが容易に推測できよう)

実際、出発時にさいたま市さいたま市民です)の最低気温はマイナス1度だった。

対してバンコクの最高気温は35度である。

 

-1対35

 

タイの圧勝である。

1ラウンド10秒KO勝ちと言っても過言ではない圧勝劇である。

最低気温と最高気温を戦わせるな、という熱心な観客もいる様だが関係ない。

寒暖差が大事なのだ。

 

いや、ホント寒かったです。特に乗り換えで東松戸駅のホームで電車を待つ間。

足元から寒さが這い上がってきて「早く電車が来ないかな~」と考えながら真夏のバンコクを想像してウキウキしてました(^▽^)

 

 

(只今、バンコクへのフライト中・・・)

 

 

およそ2時間遅れてバンコクに到着・・・(泣)

いや~長かった・・・

もともとバンコクへのフライトは、行きは7時間くらい掛かるのだが、それに加えて国際線なので成田空港へは早めに到着しておく為、今日は朝5時20分に家を出たのだ。

でもって成田で2時間近いディレイト・・・

現在は日本時間で夕方6時過ぎ。

家を出てから12時間以上も経過してようやく空港に到着である。

そして入国審査がめちゃくちゃ混んでる上、ここから更に中心部まで移動をしなければならない。

他者の書いた文章で「タイは近い」といった一文を見かける事があるが「タフだなぁ」と思う。

だってハワイだって同じくらい(もうちょっと掛かるけど)掛かるんですよ。

ハワイは近いってイメージあんまり無い様な気がするけど。

 

閑話休題

 

今回はネットで見つけた、安くスクンビットエリア近辺まで行く方法を試してみる事にした。

スクンビットとは日本人居住者が多く住む、割と高級なエリアで、特にプロンポン駅は高級ブランドのお店が軒を並べるエンポリアムなる超一流百貨店がある。(たまにトイレを利用しにだけ入る事がある。いいもんだ)

今回、僕が泊まる宿はプロンポン駅から2駅先のエカマイ駅近くにある宿である。

エカマイには東バスターミナルがあり、ここからカンボジアと国境を接するタイ側の街、アランヤプラテート行きのミニバスが出ている。明日早朝、このバスに乗る為、今回はエカマイに宿をとる事にしたのである。

しかし残念ながら空港からこのエカマイ行きのバスは無い為、更に2駅先のオンヌット駅行のバスに乗る事にしたのだ。そこからは2駅なので歩くかBTS(高架電車)で2駅移動するか、などと考えていた。

 

スワンナプーム空港からオンヌット行きの方法は以下の通り。

①まず空港の7番出口を出る。

②道路を渡るとシャトルバス乗り場があるので白い大きなバスに乗る。(無料10~20分毎に来る)

③終点のバスターミナルまで乗る(10分くらい)

④552番のミニバス(ロットゥー)に乗る。料金30バーツ(1バーツ4.16円) で満員になると出発。15分位で満員になった。

終点のバスターミナル 552番に乗る

終点のバスターミナル 552番がオンヌット行き

バンコクへの到着が2時間遅れたので夕方になってしまい、ラッシュに巻き込まれたのもあったと思うがオンヌットまで1時間位掛かった。

一般的な方法ならスワンナプーム空港からエアポートレールリンクという電車で中心部へ向かうのだが、エカマイだと更に地下鉄、BTS(高架電車)と乗り継ぐ必要があり、料金も100バーツまではしないが若干高い。半面渋滞は関係ないので時間は計算できる。

まあ、どっちもどっちと言ったところだろうか。

 

結局疲れて、その上暑いので「2駅も歩くなんて冗談じゃない!無理無理無理!」って状態になってBTS料金も払い、そんなに総額が変わらなくなったという・・・(笑)

 

 

 

 

 

面白い旅本

今回は記念すべき100回目の投稿である。

 

思えば2019年の10月からつらつらと思いつくまま、気の向くままに書き始め、旅のブログなのにコロナなどという予想もしない事態にも見舞われ、海外に出れないという状況で中だるみもあり、ようやく100回目の投稿となった。

 

題目が「旅とバカラと酒と本」というブログなので今回は面白い「旅本」を紹介したいと思う。

「面白い」にはいろんな面白いがあると思うが、例えば「興味深い」なども「面白い」であろうし「感動させられる」本があったらこれもまた面白いと表現されるであろう。

また、「笑える 楽しい」などと言ったらこれはもう間違いなく「面白い」であって、今回はこの「笑える 楽しい」本を紹介したいと思う。

現実的にはなかなか本を読んで声を出して笑える事はないと思うが今回のこの本は確実に笑える。

この本を初めて読んだのはもうかれこれ26年前で1997年の事である。

 

題名は「ベトナム乱暴紀行」という。

めちゃくちゃ振りが爽快です(笑)

 

もしかしたら知っている方も多いかもしれない。なんせ26年も前からあるのだから。

作者は金角&銀角、2人の共著であり、金角が文章、銀角がイラスト担当である。

金角は現在はゲッツ板谷というペンネームに変わっており、その名前で書いた「板谷バカ三代」はこれこそ声を出して笑える本の金字塔であり、元気のない時に読んだら1発で元気になる事を保証する。

 

話戻って「ベトナム乱暴紀行」であるが、とにかくもうはちゃめちゃである。

かつてこれだけ乱暴、狼藉をつくした旅行記があっただろうか?いや無いに違いないしこの先も出てこないであろう。

初っ端からタイの空港でプエルトリカン?と大喧嘩を始めるわ、ベトナムフーコック島では190センチのフランス人を殴り倒すわでめちゃくちゃである。

 

彼らは常識人ぶって体裁をとる事もなく、ほとんど本能のおもむくままに行動する。

そこが読んでる側は爽快であり、ある意味スカっとするのである。

自分の行動を文章にするくらいだから、そうは言いながらも己を冷静、客観的に見ているところもある。そうでなければこの話は単に乱暴で下品で何の面白みもない話で終わっていたであろう。

 

そして驚いた事にこの本の98ページにベトナムのニャチャンという土地で「マサ」なる日本人が出てくるが、この本を読む数か月前に僕もこの人物と遭っていたのだ。

曰く

「自分はホーチミンからニャチャンまで歩いてきた」(本でも同じ事を言っていた)

「自分はアメリカと日本のハーフである」(かなりハンサムだった)

「今世話になっているこの貸しデッキ屋の娘と結婚するつもりである」

 

彼はニャチャンまで歩いて来た後、ここのビーチの貸しデッキチェア屋に居候する事になり、どうやらここの娘と結婚する事になったらしい。(結婚やハーフの話は本には書かれてなかったが)

 

こんな会話をして数か月後、たまたまこの「ベトナム乱暴紀行」を買う事になって、本に書かれている内容と同じ会話をしていたので驚いたものだ。

 

そんな偶然も重なり、ますますこの本を面白く感じたのかもしれない。

 

アマゾンなどでも買えますので興味がある方はぜひ御一読を。

 

 

マニラ バカラ旅断念・・・

人生は時として突然予想もしない事が起こる・・・

 

 

12月上旬を目途にマニラにバカラ旅に出ようと思っていたのだ。

ところが、そろそろ航空券を買わなきゃいけないなぁ、と思っていたある日・・・

ふっと下半身に違和感を感じ、見てみると鼠径部(そけいぶ 太腿の付け根の下腹部あたり)にポコンと膨らみを発見したのだ。

 

(すわっ、癌か・・・)

 

昨日までは無かった様に思ったが乳癌などと同じでしこりに気付かなかっただけかもしれない・・・

 

「ついに俺も癌に罹ったか・・・俺の運命や如何に・・・」

 

などと悲観的な気持ちになりつつも取り合えず近所の外科に行ってみた。

 

 

「ああ、これはヘルニアですね」

 

 

ヘ・ヘルニア?

 

ヘルニア、つまり脱腸である。

腹壁に穴があき、そこから腸がはみ出していたのだ。

 

「ほらほら、こうやって押すと元に戻るでしょう?」

そう言って医者は僕の腸を押して腹の中に戻してしまった。

「ああ、立ち上がるとまた出てくるね~、これは手術しないと治らないんだよね~」

などとおっしゃるのである。

 

手術した場合、1週間~2週間近く入院しなくてはならないらしい。

 

まあ、癌でなくて良かったが、それでもこれから仕事が忙しくなるので、そんなに長く入院するのは困る。

そう思った僕は自宅に帰ってからネットで鼠径部ヘルニアについて調べてみると、日本ではまだ6%ほどしか普及してないらしいが、腹腔鏡手術で日帰りで治療をしてくれる所を発見した。

幸い割と近くの病院であり、結局そこで手術する事にしたのだ。

上が腹壁にあいた穴。下はその穴をネットで塞いだ状態。

 

 

生まれて初めて手術をしたのだが、いろいろと感慨深いものがあった。

まず、麻酔の凄さである。

一体いつ麻酔をかけたのか分からないほどあっという間に眠ってしまっていて、気が付くと

「手術がすみましたよ~、起きて下さい~」

と起こされたのだ。

まるでタイムスリップである。

 

そして人間の回復力というか自然治癒力にも感銘を受けた。

日帰り手術とはいえ腹を切っているわけで、やはり術後はそこそこつらい。

 

「いででで、いででで」という感じでちょっと腹を伸ばしただけでも痛いし、咳やくしゃみなどは恐怖でしかない。

僕の場合アレルギーがある為、痛み止めを出してくれなかったのだ。

初日は覚悟があったので痛みも受け入れて気にしない様にしていたが、2日めは緊張感もなくなりちょっと動く度に痛みが走り、これは一体いつまで続くのだろうか、と不安になっていた。

日帰り手術という事ですこし軽く考えていたところがあり、手術後3日しか休みをとっていなかったのだ。

手術の2日後、少し動かねば、と近所に買い物に行ったのだが痛みの為、前かがみになって普通に歩く事が出来ず、また非常に疲労し、到底あと1日の休みで回復出来るとは思えなかった。

その日の夜には入浴したのだが術後シャワーも浴びていなかった為、何と気持ちがいいものか、湯舟に浸かるという習慣があって良かったと心から感動した。

そして次の日、休みの最終日の朝に目が覚めると不思議な事にかなり回復している実感があった。

もちろんまだ痛いし、寝返りを打ったり起き上がったりするのはいつも通りには出来ないが、昨日を考えると人間の身体は確実に元の状態に戻そうという意思がある事を実感した。

そんなこんなで明日から仕事に復帰するつもりでいるのだが、僕の仕事は立ち仕事なので果たしてどうなるか、というのが今のところの懸案なのである。

昨日から今日といった感じで同じ様に更に回復すれば何とかなると思うのだが・・・

 

そういった事から更に休みを取るのも難しく、今回のバカラ旅は断念した、というお話でした。

 

 

 

 

バカラ旅マニラ リベンジ編④

マニラに行くと大体1日2~3回バカラの勝負をしていた。

治安があまり良くないので深夜のバカラ勝負は避け、夜10~11時にはホテルに戻る様に心掛けてせっせとカジノ通いをしていたのである。

 

午後の勝負で勝った後、夜の勝負で鬼門のニューコーストホテルに行ったところ、案の定1万ペソやられ、せっかくの勝ち分を半分近くまで減らし

「止めときゃよかった~~~!」

と発狂しそうになったが、その後すぐに相性いいシティステートタワーホテルに移動し見事12000ペソを取り返し、2000ペソではあるがかわいく上積みすることが出来て3日目を終了した。

 

これでトータル25200ペソ(約66000円)のプラスである。

 

ところでマニラにカジノ旅に出た場合、僕にとってはカジノ以外する事がなく(KTVに興味がないので)たまにぶらぶらとロビンソンというショッピングモールに行く事がある。

ここはかなり巨大でぐるっと廻るだけでも結構な時間が掛かり、気分転換や時間つぶしには打ってつけな場所である。

タイなんかでもそうだがこういう所に行くと驚くのが日本の飲食業界の進出ぶりの凄さである。

日本の大手飲食チェーン店を相当数見る事が出来る。

カレー、牛丼、ハンバーガー、ラーメン店、ファミレス、定食屋、寿司、居酒屋などなど。

あと日本食人気にあやかって現地資本と思われる聞いた事のない日本食屋も多い。

そんな中、面白い名前のパン屋さんを見つけた。

店名「くもり」 日本人からしたら「???」な名前(笑)

 

店名「くもり」・・・

 

日本人からしたら何故「くもり」?そこは「晴れ」でしょ!

と、思わずつっこみを入れたくなるところであるが直後に思い出した。

タイなんかでは「今日はいい天気」というと「くもり」の日を言う、と聞いた事がある。

タイやフィリピンの様に毎日暑い国ではくもりの日こそがベストであり、それで店名が「くもり」になったのではないか?

推測ではあるがおそらくはそういう事なのではないだろうか、と独りごちた。

完全にパクリだと思っていたら関西中心にあるうどん屋でした・・・失礼

 

 

そして最終日。

わずか4日のバカラ旅ではあるがバカラだけするには充分である。

飛行機は午後2時頃の出発である為、午前中勝負をするには充分な時間がある。

 

そこで少し迷った。

このまま勝ちを確定させて止めるか、更に勝ちを積み上げるか?

 

迷ったふりをしていたが自分の中ではもう既に答えは出ていた。

 

答えは「GO!」である。

 

バカラをやりに来て時間があるのにやらないわけにはいかない。

それに勝ちは費用を除けばわずかである。

こんな程度で満足していてはギャンブラー(サラリーマンだけど)の名折れである。

 

「GO!!」

 

 

 

 

・・・結局1万円ちょっと勝ちを減らしちゃったです・・・

・・・やらなきゃよかったです・・・

バカラ旅マニラ リベンジ編③

その後も前回と同じ様に一進一退の流れが続き、午前中シティステートタワーホテルで7500ペソ勝ち、トータル1万ペソちょっとのプラスになったと思ったら、午後、ニューコーストホテルでの勝負では1万ペソの負けで、ほぼプラスマイナスゼロに戻ったりとどうにもプラスに転じなかった。

 

どうも負けるのはニューコーストホテルばかりであり完全に鬼門となっていた。

 

そして3日目の勝負でようやく流れがやって来た。

場所は相性のいいシティステートタワーホテルで、まだ誰もやってないテーブルを開けてもらい僕1人で勝負をしている時だった。

最初の勝負はプレイヤーに賭けて外し、今回もあまり調子は良くないかと落胆したものの、次はバンカーのツラ目(連続して同じ目が出る事)に賭けて当たり、以降からこんな感じでほぼ当たり続けた。

 

バンカー(2000ペソ)

バンカー(2000ペソ)

バンカー(2000ペソ)

バンカー(2000ペソ)

バンカー(2000ペソ)

バンカー(2000ペソ)

バンカー(2000ペソ)

バンカー(2000ペソ)

と当てた後、次もバンカーに賭けて外したものの、その後すぐに始まった戻り目が狙い通りに的中した。

 

バンカー (2000ペソ)

プレイヤー(2000ペソ)

バンカー (2000ペソ)

プレイヤー(2000ペソ)

バンカー (2000ペソ)

プレイヤー(2000ペソ)

バンカー (2000ペソ)

プレイヤー(2000ペソ)

バンカー (2000ペソ)

プレイヤー(2000ペソ)

と当てた後、次を外した。

 

当てている途中から見ていたフィリピン人が完全に僕の賭けに乗って来て全く同じ様に賭けだした。

自分の方が多く賭けた時でも僕にカードをめくらせる様にディーラーに言って全て僕がカードを絞った。

バカラでは一番大きな金額を賭けた人がカードをめくる権利を得て、ジワジワとカードを折り曲げながらゆっくりカードをめくる事を「絞る」と言う。

また今回の様にツイてる人に乗っかったり、ツイている人にカードを絞らせる事はよくある事であり、言わばちょっとしたバカラのセオリーとも言える。

 

バカラはどこまでツキが続くのか見極めが難しい。

最初のバンカーのツラ目でツキが終わっていると判断したらその後の戻り目の連勝はなかったわけだし、もしその後不調の波が来ていたら、あっと言う間に連勝分の勝ちなど吹き飛んでしまう。

 

ツキの流れが終わった後、自分の調子を探る為にしばらく続ける事がよくある。

もちろんここが潮時、とスッパリ止める時もある。

今回は戻り目でツキが終わっていた様で、その後ジワジワと負けが込み、勝ち分を減らしたがそれでもトータル23200ペソのプラスで終える事が出来、この旅の費用プラス少しのおこずかいをゲットする事が出来た。

 

 

その後ホテルの部屋で1人酒杯をあげた。

今回の旅では直前購入で飛行機代も高く、また極度の円安で旅行費用がかさみ、外食もなるべく抑えて1日1食は部屋で食べるという涙ぐましい努力をしていたのである。

こういった勝負の後飲むビールが緊張していた身体をほぐしてまた格別に美味いのである(笑)

 

 

 

 

 

バカラ旅マニラ リベンジ編②

2時過ぎにはホテルにチェックインする事が出来た。

今回のホテルはレッドプラネットマビニで1泊およそ3500円だった。

ここは前にも泊まった事があるが場所は最高の所にある。

マニラでのカジノの主戦場であるニューコーストホテルと同じマビニ通りにあり徒歩2分程度で行ける。

1階にはコンビニもあり便利なのだが今回泊まった部屋の難点を挙げるとすれば・・・

①冷蔵庫がない。

②部屋に湿気が籠り、エアコンを消すと床がネチョネチョする。

③ヘヤードライヤーを使っていて本体が熱くなってくると動かなくなる。

④熱湯がホテルで手に入らない。(カップヌードル食べたい場合コンビニでもらう)

⑤内線電話がなく何かあればフロントまで行かなくてはいけない。

てなところだろうか。

まあ、マラテのど真ん中でこの値段なら仕方がないとも思うがコロナ前は2500円位で泊まれた上、フィリピンとの物価差を考えるとやはり残念な気がする。

ちなみにバンコクで3500円出して冷蔵庫が無い、という事はほぼ考えられない。

 

まあそんなこんなで無事チェックインした後、お決まりの日本食料理屋の美鈴でランチと昼ビールをやり、いい気分になったところでフッと「1回だけ!」「1000ペソだけ!」とカジノでバカラ勝負をしようかな~との考えが思い浮かんだ。1000ペソ当たれば美鈴の代金がタダになるし・・・(うふ♡)

 

 

アホなのである・・・

 

美鈴に行く前はそんな事考えもせず、飲んだ後はちょっと寝て、酔いを醒ましてそれから本格勝負、と思っていたのに・・・

案の定その1回勝負は外れ、1回こっきりで終わるはずもなく、熱くなった僕はそのまま勝負を続行し、あれよあれよと1万ペソの負け・・・

 

放心状態で何とか1万ペソのマイナスでホテルに帰り(この金額で止めたのはナイス)2時間程ふて寝・・・というか眠れないままゴロゴロ・・・

頭を掻きむしりたい状態だったが徐々に落ち着きを取り戻し、前回調子の良かったシティステートタワーホテルのカジノへ。

そこでは何とか調子の波に乗り、12700ペソの勝ちでトータル2700ペソのプラス。

 

前回とおんなじ流れだぞ、こりゃ・・・