旅とバカラと酒と本のブログ

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旅のトラブル⑦

ある特定の国でのトラブルではないが飛行機に乗るとヒジ掛けの問題がある。 

 

これはどういう事かと言えばヒジ掛けの使用に関して実に無頓着な人間が多いのだ。

 

飛行機の座席に座った時、隣の席が女性ならまず安心である。彼女らはとても賢い。ちゃんとヒジ掛けの問題を理解しているしマナーが良い人が多い。

 

問題は隣の席が男だった時である。僕の経験では実に7割近くの男が全くもって無邪気にヒジ掛けを何の疑いもなく我が物として使用している。

 

最悪なのは3席シートの真ん中が自分の席で両サイドが男だった時だ。

こんな時両サイドが気の利かないヒジ掛け我が物男だったら最悪である。

真ん中の席はただでさえ息苦しい。その上ヒジ掛けさえも両隣に取られたらどうしたらいいのだ。

その場合「だっちゅーの」的に(古いね)自分の両腕をキュっと絞って座らなければならない。

 

そうなるとそこからはヒジ掛け占拠合戦が勃発する事になる。

 

相手がヒジ掛けから腕を離した瞬間があれば、これはもう無条件にヒジ掛けに我が腕を置いて占拠しなければならない。

いや、別に腕を置きたいわけではないのだ。

相手に「あんたがやってる事はこんな無神経なマナーのない事なんですよ」という事を分からせたいのだ。

男は一瞬「んっ?」といった感じである。

が、しかしここでも男はバカである。僕が腕を離した瞬間にまたもや男が自分の腕を堂々とヒジ掛けに置いたりする。そうなるとこっちも意地である。相手が使っているヒジ掛けのわずかに空いてるスペースに自分の腕を置いて2人で1本のヒジ掛けを使っている状態になったりする。そして場合によってはお互いに相手の腕をグイグイ押しやって蹴落とそうとしたりする。

いい年こいたおっさん2人が一体なにをやってるんだと思われるかもしれないがこれは負けられない戦いである。奪われた領土は2度と戻っては来ないのである。

 

 

あの・・・お願いですから航空会社の皆さん・・・

 

「ヒジ掛けはマナーを守って使いましょう」とか「3人席の方のヒジ掛けは真ん中の方優先での使用をお願い致します」とかのアナウンスをして下さい・・・

 

いや、ほんとお願いしますよ・・・そんなアナウンス流す航空会社があったらきっと大好きになっちゃうなボキ・・・

旅のトラブル⑥

パスポートを外国で無くしたとなると実際のところメチャクチャ大変である。

(その時の経験からどうしたら日本に帰れるか調べました)

まず日本に帰る為には現地の大使館でパスポートの再発行か、または1回こっきりの「渡航書」の発行が必要になります。

大抵の場合申請してから時間がかかるパスポートの再発行(7~10日程度)より1~3日程度で発行される渡航書を作る事になるようです。

しかしこれも結構大変・・・

①まず現地の警察に行って盗難・紛失証明書を作ってもらいます。

②大使館に用紙がある盗難・紛失届けを作成。

③6ヵ月以内に発行された戸籍謄本または抄本。

(これが一番厄介でパスポート再発行の時は必ず必要となり、渡航書の場合は運転免許証やマイナンバーカード、保険証などでもOKだが無くすのが怖いので海外旅行に持って行ってない事も多い為、今後は必ず一つ持って行く事をお勧めします)

④6ヵ月以内に撮影した45×35の写真1枚。

⑤航空券など旅行日程が確認出来るもの。

⑥2500円~3000円程度の発行費用(渡航書の場合)

 

これらが必要なものになりますが渡航書を発行してもらった後も現地の入国管理局に行って渡航書に印鑑が必要になります。

加えて帰りの航空チケットもその日に間に合わなければ買い直しとなるのでまあ、結構大変になりますね・・・

旅のトラブル⑤

ポイペトに向かう時、何か所か客を拾ったり、停車したりして結構時間が経っていた事から随分遠いところまで来ていると思っていたが数十分走るとスワンナプーム空港への表示看板が現われる様になり最悪な程は離れてはいなかった。

バンコク中心部では渋滞で時間が掛かる事も予想され、更にはタクシー代も心臓に悪い事からタクシーの運ちゃんにスワンナプーム空港で降ろしてもらう様にお願いし、そこからはエアポートレールリンク(鉄道)と地下鉄でいつもの定宿があるスティサン駅で降りホテルに駆け込んだ。(結局1時間ちょっとタクシーに乗り運賃は千数百バーツだったと思う)

以下こんな感じっす。

 

「す・すみません(はあはあ)ぼ・ぼくのパスポートありませんか(はあはあ)」

 

レセプションに座った眼鏡をかけた年配のおばちゃんは下から上目使いにじろっと僕を一瞥した後、ゴソゴソと透明のビニール袋に入った真っ赤なパスポートを取り出すと無言で僕に差し出した。

 

「あった~~~~~」

 

なかなか味わう事の出来ないレベルの安堵感を体感するワタクシ・・・

(それだけ海外でパスポートを無くした時の不安感ってすごいんですわ、実際・・・)

 

何をどう勘違いしたのか更にはお礼まで述べてしまうボキ・・・

 

「さんきゅー、さんきゅー、さんきゅー!!」

 

 

さんきゅーじゃないっつーの。

そこは怒るところだろ、実際・・・

 

それにしても解せない。今まで何度も返すチャンスはあったのに何故こちらが聞くまで僕のパスポートは返って来なかったのか。

 

答えは簡単である。

 

「何故ならそこがタイだからだ!」(いい加減なんすよタイピープル・・)

 

旅のトラブル④

その日僕はバンコクからカンボジアに向かっていた。

目的はバカラをする為である。

タイ側の国境の町、アランヤプラテートを越えるとカンボジア側の国境の町、ポイペトがありここには沢山のカジノがあるのだ。アランヤプラテートへはバンコクの東バスターミナルがあるエカマイという場所からミニバスに乗って向かっていた。

エカマイからアランヤプラテートまではおよそ4時間ほどの道のりだが当時170バーツ(約500円)で行く事ができた。

エカマイを出ると何か所か停留して客を拾い、それからようやく高速的な道路に乗り、しばらくするとパーキングに停まった。トイレや簡単な食事をする為である。

そこで僕も普段は噛まないガムなどを買い車に戻るとミニバスはまた国境に向けて走り出した。そしてその時、首からぶら下げている貴重品袋の中にパスポートが無い事に気付いた!!

頭が真っ白になるとはああいう事を言うのだろう。また、よく冷や汗が出ると言うがその時本当に「たらー」と一筋の汗が額から流れるのを経験した。

(冷や汗って本当に出るんですね・・・びっくりです。)

 

「え~っと、あれあれ、え~っと、あれ、どこで無くした???

さっきガム買った時あったっけ?いやどーだっけ、その時落としたか?

いや、待てよ。そうかもしれないが可能性は低いような・・・

え~と、入国の時は当然あったわけだから、次に手にした時はいつだ・・・

 

 

・・・そうだ!!ホテルだ!ホテルでパスポートのコピーを取られた時にレセプションの女に渡したんだ!たぶんそいつが返し忘れて僕も今まで気付かなかったんじゃないか?」

 

普段全く使わない部分の脳細胞までお尻を叩いて一気にフル活動させて思い出すワタクシ・・・

そして車を走らせている運転手に悲痛な声で「車を止めてくれ~~」と絶叫するボキ・・・

あ~みっともない・・・

 

幸いというべきかこの高速的な道路は高速ではなく車は道路の端に停まってくれて僕は急いで反対側に道路を渡り、いくらかかるともしれないタクシーを呼び止め、急ぎバンコクにとんぼ返りした。

 

それにしても解せない。女が返し忘れたとしても僕自身が気付くはずだ。

それにもし2人とも忘れていたとしてもコピーは客全員の分を取るわけだから次の客が来たらコピー機の中に僕のパスポートが残っているのを発見するはずで、そうしたら電話ですぐに連絡するのが普通だろう。それすらも怠ったとしても今朝チェックアウトした時に返さない訳がないはずだ・・・

僕は全く確信が持てないまま唯一パスポートが帰ってきそうな場所へ非常に不安な気持ちを抱えたまま、焦りと「早くつかないか早くつかないか」という実にもどかしい気持ちでタクシーの後部座席に座っていた。

(次回に続きます)

 

旅のトラブル③

こういう状況でベトナム人に文句を言ってもおそらくまともな対応は期待出来ないだろう。過去の経験からそれは容易に想像出来た。

第一濡れた本やパスポートを元に戻してくれと言ったところで無理な相談だし、そもそも彼等は日本人の様に謝ったり責任を取るという発想が極めて希薄である。

それに昨日の宿のオヤジの傲岸不遜な態度を思い出すと益々期待薄だと思われた。

それでも僕は文句を言わずにはいられなかった。

そして宿のオヤジを見つけると自分の部屋まで引っ張って行き惨状を目の当たりにして見せた。

反応は予想した通りである。

 

「おう これは大変だ。何が起きたんだ」てな事を言う。

 

「昨夜の雨でベランダから水が流れて来てバッグがびしょ濡れだ。本やパスポートだってこの通りだ。」と言ってつまんで見せた。

 

オヤジは「これはアンラッキーだ」みたいな事は言うが決して謝らない。

そして僕はこう言った。

 

「昨日払ったお金を返してくれ」

「いや、それは出来ない」

「何故だ?僕はこんなひどい目にあったんだぞ」

「いや、お金は返せない」

「どうしてだ。おかしいだろ」

「いやお金は返せない」

「返せ」

「返さない」

「返せ」

「返さない」

 

以下無限ループ状態で続く事に・・・

 

業を煮やした僕は「警察に言うぞ」とおどしてみた。

するとオヤジは悔しい事に薄ら笑いで「勝手にしろ」と言う。

頭に来た僕は「よ~し分かった!」とゲストハウスを飛び出した。

 

が行くところがない・・・

 

警察がどこにあるかなんて皆目見当もつかないし、しかし啖呵を切った手前、宿の近くをうろうろしてみた。

するとあったのだ。ウソみたいに警察がすぐ近所に!

宿を左に出て四つ角を偶然右に曲がった所で歩いてものの2~3分のところに警察署があり警察官が1人眼に入った。しかし僕が話し掛けても反応が薄く面倒臭そうでまるでやる気がない。しかも足元を見ると素足にサンダルである・・・

それでも僕はこの警官を無理やり引っ張って宿に連れ帰りオヤジに引き合わせた。

まさか本当に警察官を連れて来るとは思わなかったのであろう、オヤジは大そう驚いていた。ざまあみろである。

そこからオヤジは一生懸命なんとか自分が有利になるよう警官に話していた様だが(ベトナム語なのでさっぱり分からないが雰囲気からしてそんな感じ)僕が警官を自分の部屋まで連れて行くと僕に同情的になったのが分かった。

そこから僕が畳みかけるとついに警官はオヤジにお金を返すように言った。

だだし半分だけである・・・

そしてそこからはラチがあかなくなり、もう僕も面倒臭くなってその金額で妥協した。

その金額わずか7ドルである・・・

いや、しかしこれは金額の問題ではないのだ!(と思いたい・・)

(そう言えば昔インドでオートリクシャーのオヤジと目的地に着いた時最初に言っていた料金と違うので散々言い争って喧嘩した事があったけど後で考えたら邦貨にしてわずかに15円なんて事もあったなぁ)

 

そんなこんなで何とか泣き寝入りする事なく宿のオヤジに一矢報いたという事で金額はせせこましいがこれでいいのだ!(天才バカボン風)

 

 

 

 

 

 

旅のトラブル②

海外へ旅するとこちらの想像をはるかに超えたトラブルに遭遇する事がある。

ベトナムハノイで遭遇したトラブルがこれだった。

ハノイの安宿街はホアンキエム湖の近く、ゴーフィン通りに集中している。

エアコン付きのゲストハウスで大体1部屋10~15ドルが相場だった。(2010年頃)

ほとんどの部屋はそこそこ綺麗でいいのだがエアコンの調子が悪い確率が非常に高く玉にきずであった。これはベトナム人の特性なのか維持、管理が苦手で従業員がフィルター掃除を怠っているからだと僕はにらんでいる。

ちなみに東南アジアで1番性格が悪いと感じるのがこのベトナム人で、人をだます事を何とも思ってない節がある。例えば食堂などで料理の値段を確認せず注文したとするならばまず一発でやられる。つまりボラれるのだ。そこからゴタゴタが起こりベトナム人への印象はどんどん悪いものとなる。

同じインドシナ半島で隣接するラオスカンボジア(まあ、カンボジアも性格の悪い奴も多いがそれでもベトナムに比べたら全然マシである)に比べなぜこんなにも性格の悪い奴が多いのか謎である。

今、日本で騒がれている家畜や野菜、果物の盗難もベトナム人の仕業だという。ご存じかもしれないが現在、日本における外国人の犯罪件数で断然多いのがこのベトナム人による犯罪で中国人や朝鮮人を追い抜いて久しい。

来日している人数を勘案すればその発生率たるや恐ろしく高い。まあ、ベトナムを個人で何度か旅した事のある者ならむべなるかな、と納得すると思う。

 

話が脱線したが泊まった部屋もその類でエアコンが全く効かない。オーナーと交渉して部屋を変えてもらう事にした。

ここで注意しなければならないのは部屋を変えてもらったとしてもその部屋がエアコンの調子がいいとは限らない事である。ここらの人間はいちいちそんな事確認しない。部屋を変えてやったんだからいいだろう、そんな感じである。

幸いな事にその部屋はエアコンが快調であった。おまけにベランダまで付いていてエレガントである。いい部屋に当たったなあ、と喜んでいた。

屋台でバインミーを買い(ベトナムバゲットサンドイッチ、これは卵をオプションで入れると実に美味い)さらには雑貨屋でサイゴンビール(これがベトナムで1番美味いビールだと思う)を買って宿で夕食とした。

ビールの酔いで気持ち良く寝ていると夜中に物凄いスコールが来た。雨音が凄すぎて目が覚めたほどだった。しかしまあ気にする事なくまた眠りについた。雨はその後しばらく降り続いていた。

 

問題が起きたのは朝、目が覚めた時である。

ベットから降りると何と部屋の床がプールの様に水が溜まっている!!

当然床に置いていたバッグもずぶ濡れで図書館で借りてあった地球の歩き方も水を吸ってだわんだわんになっている。その上何よりバッグに入れたあったパスポートが水を吸ってべちゃべちゃだ!

一瞬何が起きているのか理解出来なかった。そしてしばらくして状況が理解出来た。

つまり夜中に降った大雨がベランダからそのまま部屋に流れ込んで来たのだ!

一体どういうつもりで作ったのかベランダと部屋の段差は全くない。その上ベランダに出る為のドアの下は少し隙間があり、これでは雨がそのまま流れ込んで来て当然だし今までだって同じ事があっただろう。

僕はオーナーのところへ文句を言いに行った。

(次回に続きます)

旅のトラブル①

トラベルの語源はトラブルであると私の好きな作家である開高健氏が以前エッセイで述べておられました。

実際その通りで個人旅行で海外に出ると大きいものから小さなものまで実に様々なトラブルに見舞われます。

記憶に残る様々なトラブルの内のひとつは2001年9月の出来事です。

僕が韓国のソウルの大衆食堂で参鶏湯(サムゲタン)を食べていると食堂のテレビでビルに飛行機が突っ込む映像が流れていた。

テレビからは

「何とかかんとかテロリストスムニダ!!」(テキトーです・・)と韓国語でアナウンサーが少し興奮した口調でしゃべっている。

テロリストという言葉は聞き取れたのでアメリカでテロが起きたのは理解出来た。

(何だか大変な事が起きたなぁ)とぼんやりそんな事を考えていたのを覚えているが参鶏湯をパクつくほうが重要だった。

そして翌朝。

午前の便で成田へ帰る予定だったのでバスで仁川国際空港に到着しユナイテッド航空のカウンターにチェックインすると欠航だという。それもユナイテッドの世界全便!!

 

昨日ビルに突っ込んでいたのはユナイテッド航空の飛行機だったのである・・・

 

 

「あわわわわ・・・」

 

 

慌てました。明日は仕事なので何とか今日帰らないといけない・・・

ユナイテッド航空のスタッフは航空料金は負担するので自分で航空券を確保してきて欲しいという。

そういう事ならとまずは日本航空のカウンターに行ってみた。

すると絶望的な光景が・・・

一体いつになったらカウンターにたどり着けるのか分からないくらいの人達が、最後尾がどこなのか分からないくらい並んでいる・・・

仕方なく並びましたがその苦労むなしく長い時間をかけやっとたどり着いたと思ったらあっさり席はないとの事・・・

その後も全日空やノースウエスト(当時)、大韓航空からアシアナ航空まで全ての航空会社の便が満席で成田に帰る事が出来ません。

当時はまだLCC(格安航空会社)などというものは韓国や日本に存在せずこれらの航空会社が全てでした。

もうすでに空港に着いてから何時間も経っていました。

途方に暮れた僕は最後の頼みとユナイテッド航空のカウンターに戻り、何とかならないかと相談してみました。

よっぽど憔悴している様に見えたのでしょう。かわいそうと思ったのかそのスタッフが日本航空に電話をしてくれたところ福岡行きの便が1席だけ残っていると伝えてくれました。

 

「とりあえず日本に帰れば何とかなる!」

 

そう思った僕はそれに飛びつき、幸いな事にそのまま日本航空の福岡発羽田行きの便に乗り継ぐ事が出来て何とか無事に我が家にたどり着く事が出来ました。

が、しかし早朝ソウルの宿を出発したにも関わらず家に着いたのは夜中近くになっておりました・・・